ようこそ「通訳訓練シリーズ」へ。今回は日英逐次通訳練習をご紹介します。
使用する教材は、2018年10月5日に開催された「アフリカにおけるビジネス機会」というイベントの開会挨拶で、この挨拶を述べたのは佐藤正久外務副大臣(当時)です(出典:外務省ホームページ)。このイベントは、TICAD閣僚会合に先立ってビジネス関連サイドイベントとして開催されたものです。
今回は、このスピーチを通訳すると仮定して、事前準備から始め、その後スピーチを逐次通訳していきましょう。
事前準備
事前準備に関しての詳細はこちらで説明していますが、ここで通訳(練習)をするための準備としては以下の4点でしょう。(この4つの項目は、前回の英日逐次通訳練習の記事とほぼ同じですが、それらの内容は当然異なっています。)
(1)スピーチのテーマ・背景、主催者、聴衆についての情報収集
(2)話者及び話者の立場や見解を把握
(3)話者の話し方に慣れる
(4)語彙の整理・習得
(1)スピーチのテーマ、主催者、聴衆、背景についての情報収集
通訳者は、担当するスピーチのテーマや背景となっている事実、主催者・聴衆などに関して情報を集めます。事前にスピーチ原稿のコピーが通訳者に提供されれば、事前準備の負担は軽減されますが、その場合でも、こういった情報収集は可能な限りしておきます。アドリブが入っても対応出来るようにするためです。
さて、このスピーチに関しては、次のような情報を集めました。
まず、TICADについてですが、これは日本語では、「アフリカ開発会議」とよばれ、1993年以降、日本政府が主導し、国連、国連開発計画(UNDP)、世界銀行及びアフリカ連合委員会(AUC)と共同で開催している、アフリカ開発を支援する国際的なフォーラムです。TICAD首脳会合は当初5年に一度開催していましたが、2016年以降はアフリカ側の強い要望で3年に一度、アフリカと日本で交互に開催されています。また、首脳会合に加え、閣僚会合なども開催されます。
今回通訳練習で使うスピーチは、閣僚会合のビジネス関連サイドイベントでの開会挨拶で、聴衆は、アフリカ各国代表団、日本及びアフリカ企業関係者、そして国際機関の専門家などとなっています。
イベントのテーマは、日本企業のアフリカでの投資や事業拡大、アフリカの経済社会発展の支援、日アフリカ間の経済協力関係の促進などです。
(2)話者及び話者の立場や見解を把握
事前準備の2点目は、通訳をするスピーチの話者についてです。当該テーマに関してどのような見解、観点、態度を持っているのかについて理解を深めておくということです。(上でも申しましたが、原稿のコピーが事前に渡されたとしてもアドリブが入るかもしれません。)
今回の教材の話者は佐藤正久外務副大臣(当時)ですが、まずこの外務副大臣という肩書を英語でどういうのかということを、外務省ホームページで確認しておきます。「State Minister for Foreign Affairs」ですね。
話者である佐藤氏は防衛大学出身で、元自衛官であり、防衛の分野に非常に詳しい人物ですが、今回使用するスピーチのテーマであるアフリカ開発に関してはどのような見解なのでしょうか。2017年8月7日に外務副大臣に就任する前の時期も含めて、アフリカとのかかわりに関して情報を集めます。
まず、2010年頃までさかのぼると、例えば、参議院の派遣したODA(政府開発援助)調査派遣団に参加したなどの情報があります。この派遣団は、その年の12月に、ガーナ、ルワンダ及びチュニジアなどで、ODAの実施状況や裨益効果等について視察を行い、政府や国際援助機関などとの意見交換も行っています。また、今回のスピーチの数カ月前、2018年の04月には、佐藤正久外務副大臣とムニア・ブセッタ外務・国際協力相付閣外相との間で、日・モロッコ投資協定について実質合意に至ったという外務省の発表があります。この合意を受け、日系企業の進出がより加速することが期待されます。
しかし、佐藤氏に関しては、やはり安全保障、治安、防衛を念頭においた見解が多く見受けられます。例えば、2018年7月に、中国の「一帯一路」について、自身がアフリカで見た状況に言及し、アフリカも「一帯一路」の最前線となっているとして警戒感を示しています。中国海軍はジブチ海軍を教育訓練している、また、新ドラレ港脇には中国軍基地と中国が建設した鉄道駅があり、そこからエチオピアを結ぶ鉄道も中国が建設したと述べるなど、「一帯一路」の現場状況を説明しています。
また、2017年外務副大臣に就任後間もない9月に、アンゴラからの帰国後、現地の状況について、20年続いた内戦の残した地雷の除去支援に言及するとともに、ダイヤモンド・石油といった豊富な資源も念頭に、この地域の安定は国際社会の安定でもあり、ひいては日本の安定にも寄与すると述べています。さらに、北朝鮮やキュ-バといった国々が支援を続けている観点からも、アンゴラと友好を結ぶのは大切だと強調しています。
(3)話者の話し方に慣れる
3点目は、話者である佐藤正久氏の過去のスピーチの録音された音声・映像などがもしあれば、それを聞いて、話すスピード、発音、言い回し、話し方の癖などに慣れておくという作業になります。可能であれば、音源を聞いて通訳の練習をしておきます。リハーサルをするようなものです。今回の通訳練習で使うスピーチの話者に関しては、検索すればYouTubeなどに動画がありますね。
ただし、今回の逐次通訳練習で使うスピーチは、ご本人のスピーチの録音がありませんので、このウェブサイト運営者が自ら準備しました。
(4)語彙の整理・習得
通訳者は、スピーチのテーマ・分野で使われる語彙に慣れておく必要があります。重要キーワードのリストを作成し、当日必要な場合は素早く参照できるように持参する準備もします。しかし、出来る限り事前に暗記します。
下は、今回のTICAD閣僚会合や、アフリカにおけるビジネス機会に関連する語彙リストです。
企業関係者:business representatives
TICAD閣僚会合:TICAD ministerial meeting
アフリカの社会と経済の発展:Africa’s social and economic development
民間企業:private-sector companies
日本の対アフリカ投資:Japanese investment in Africa
日アフリカ間の経済協力関係:economic cooperation between Africa and Japan
取組:initiatives
投資機会:investment opportunities
課題:challenges
職業訓練:vocational training
高い技術力:advanced technological capabilities
企業文化:corporate culture
職業倫理:work ethics
現地の発展:local development
アフリカの商工会議所:Africa’s chambers of commerce and industry
国際機関の専門家:experts from international organizations
事業拡大:expanding one’s business
ビジネス成果:business results
リストを作成したら、日本語語句を見てすぐに対応する英語を言えるようにします。(「クイック・レスポンス」についての詳細はこちらの記事にあります。)
また、語彙の準備に関連するもう一つの作業として、頻出すると思われる語句は、通訳メモでどのように書き留めるかを前もって決めておくことも賢明です。例えば、「投資」と聞こえたら「IV」と書くというような具合です。
私でしたら、次のような語句は事前にメモの書き方を決めておくと思います。
経済協力
TICAD閣僚会合
民間
投資
発展
事業拡大
商工会議所
逐次通訳
それでは、逐次通訳練習をしましょう。
まず、通訳メモ(note-taking)の準備をします。(通訳メモの説明やメモのサンプルはこちらをご覧ください。)ボールペンとメモ帳あるいはメモ用紙(裏紙をホッチキス止めしたりクリップボードに挟んだりしたもの等)を用意してください。
下に、スピーチを一段落ごとに区切った音源(このウエブサイトの運営者が準備)と通訳例があります。通訳例は、「TICAD閣僚会合サイドイベント『アフリカにおけるビジネス機会』における佐藤外務副大臣挨拶英語版」(外務省ホームページ)を加工して作成しました。
通訳例を見る前に、再生ボタンを押して、ご自分でメモを取りながら音源を聞いて通訳をしましょう。
前回の英日逐次通訳練習のときと同様に、注意点が2つあります。
(1) 音源が止まったら、なるべく即座に訳出しましょう。実際の通訳で、話者が話すのをポーズしたときに、すぐに通訳が訳を始めないと不自然です。この通訳者は自信が無いのか、信頼できないのかという印象を与えかねません。
(2) 訳の長さは、原文の長さとほぼ同じになるように心がけましょう。短すぎると、通訳者が何か情報を省略しているのではないかと聴衆に思われますし、長すぎると、何か原文には無い情報を通訳者が勝手に付け加えているのだろうかと思われかねません。
それでは、逐次通訳練習を始めます。
音源1
通訳例
Government delegations from African countries and business representatives from Africa and Japan, I am delighted to open Part 1 of the Business Side Event “Showcasing Business Opportunities in Africa” ahead of the TICAD Ministerial Meeting.
こういったスピーチの冒頭には通常、決まり文句のような言葉が使われます。例えば、「~を大変嬉しく思います」という表現は、英語のスピーチであれば、どのような言い方になるのでしょうか。普段から、スピーチの冒頭表現を日英両言語でマスターしておきましょう。こういった表現は通訳するときに必要になります。
通訳例にある「I am delighted」以外にも、例えば「it is an honor {a great honor} 」、「I am honored」、「it is a privilege」、「it is a (great) pleasure」、「it gives me great pleasure to」などが使えますね。
英語スピーチの冒頭表現及び例文はこちらをご覧ください。
音源2
通訳例
The TICAD Ministerial Meeting 2018 will commence tomorrow. Private-sector companies have been playing an extremely important role in furthering Africa’s social and economic development. The contribution and cooperation of the private sector has steadily increased with each TICAD meeting.
通訳例の最後のセンテンスの主語「contribution and cooperation」は、形式的には複数ですが、ここでは「関与と協力」のニュアンスが単数的だと感じたので、英語でも単数扱いをして「has」を使っています。
音源3
通訳例
In the lead-up to TICAD 7 in Yokohama in August next year, the Government of Japan is exploring initiatives to promote Japanese investment in Africa, support Africa’s socio-economic development, and strengthen the economic cooperation between Africa and Japan.
「TICAD7に向けて」を、通訳例では「In the lead-up to TICAD 7」と訳していますが、他のやり方としては、例えば、「as we head {move} toward TICAD 7 in Yokohama in August next year」のような表現でも良いと思います。また、この表現なら、センテンスの末尾に持ってきても良いでしょう。
音源4
通訳例
Africa is a great frontier that offers investment opportunities in various fields. However, Africa still faces a number of challenges. Japanese companies can play an active role in supporting Arica in addressing these challenges. Japanese companies are well known for their high-quality products, abilities to develop highly skilled human resources through vocational training, and advanced technological capabilities. This is true not only for large companies but also for medium and small companies. In addition, Japanese corporate culture and work ethics have contributed significantly to local development in different parts of the world as has been demonstrated by the experiences of Asian countries.
こういった通訳では、当然可能な訳し方はたくさんありますね。例えば、通訳例の「supporting Arica in addressing these challenges」は、「supporting Arica through these challenges」でも良いでしょう。また、「support」の代わりに「assist」を使い、例えば「assisting Africa in addressing these challenges」、「assisting Africa to address these challenges」、「assisting Africa with these challenges」などでも構わないでしょう。さらに、「address」という動詞の代わりに「meet」も可能ですね。
ちなみに、「to」、「in」、「with」の使い方と言いますか、動詞と前置詞の組み合わせなどを調べようと思ったら、連語辞典(活用辞典)や、語法説明と用例が豊富な辞書が便利ですね。例えば、Oxford Collocations Dictionary、Longman Dictionary of Contemporary English、The Britannica Dictionaryなどが便利です。
通訳例の「in various parts of the world」は、原文では表立って言及されていませんが通訳例には入れています。理由は、このスピーチは、ここまではアフリカの話をしていたのに、次にいきなりアジアに言及がありますので、この追加した語句のようなものを加えないと次の部分が唐突に聞こえるということと、原文のニュアンスに基づけば、この追加を正当化することができると判断したからです。
最後の部分は、原文では独立した文であり、もちろん「This has been demonstrated by the experiences of Asian countries」というように訳しても構いません。ただ、通訳例のように「as」でつなぐと、意味の流れがさらにスムーズになると思います。
音源5
通訳例
Today, I am looking forward to presentations by the representatives from Africa’s chambers of commerce and industry and experts from international organizations showcasing the business attractiveness and investment opportunities that Africa offers.
音源6
通訳例
It is my sincere hope that, as a result of today’s event, many Japanese business people will seriously consider investing and expanding their business in Africa and will actually visit Africa to feel the enthusiasm and potential there so that their experiences may lead to concrete business results. I would like to conclude by expressing my hope that the relationship between Africa and Japan will gain further momentum as we head toward next year’s TICAD7. Thank you very much for listening.
ここで再び「TICAD7に向けて」という表現が出てきました。上の第3段落(音源3)の部分でも触れましたが、「as we head toward」の代わりに「in the lead-up to」でも良いでしょう。また、「lead-up」の代わりに「run-up」という表現もあります。
スピーチの締めくくりには、日本語では「~して私の挨拶とさせていただきます」というような表現が頻繁に使われますね。英語で、それに相当する表現を日ごろから頭に入れておきましょう。ちなみに、「conclude」の代わりに「end」も使えますし、「conclude」の後に「my remarks」を入れても良いでしょう。
英語スピーチの結び表現及び例文はこちらをご覧ください。
発話の文字データはこちらにあります。この文字データは、「TICAD閣僚会合サイドイベント『アフリカにおけるビジネス機会』における佐藤外務副大臣挨拶日本語版」(外務省ホームページ)を加工して作成しました。
まとめ
今回は、日英逐次通訳の練習、及びそのための事前準備をしました。
この通約訓練シリーズの前回の記事でも書きましたが、同じスピーチを使って何度か逐次通訳練習をすることも、大変有益です。内容に慣れ過ぎたら、別のスピーチを使って練習しましょう。
* * * * *
★ この通訳ブログでは、次に冒頭表現とその用例を掲載しています。こちら ⇩ をご覧ください。
★ 通訳に関心がある人にとって読む価値のある本を、こちらで ⇩ 紹介しています。