今回はスピーチの日英通訳で有益となる冒頭表現を見ていきます。用例も掲載しています。
冒頭表現
英語のスピーチの冒頭では、日本語でもそうですが、たいていの場合は敬意表現が使われます。つまり、聴衆やその場に配慮した言葉使いが用いられるのです。注意したいのは、日本語と英語では、敬意の表し方に関する発想が少し異なるということです。
したがって、かしこまったスピーチの通訳を効果的にこなすためには、そうした冒頭の英語の敬意表現に精通している必要があります。
日英の相違
まず、英語と日本語の敬意表現の発想の相違について確認しましょう。
一般に、英語のスピーチでは、「このような場でスピーチできることは、自分にとって嬉しい、喜びだ、光栄なことだ」というような肯定的な気持ちを前面に出す文言が使われる傾向が強いですね。英語のスピーチでは、そういった肯定的な気持ちの表現が欠落しているとやや不自然に聞こえて、敬意の欠如とさえ感じられることもあります。
一方、日本語のスピーチでは、そのような肯定的な気持ち表現が使われることもありますが、別の発想に基づいて、例えば、「~申し上げます」や「~させていただきます」などといった文言で敬意を表す場合が多いのです。
したがって、日英の通訳で、話者が典型的な日本語のスピーチの冒頭表現を使った場合、その原文に「嬉しい」などの肯定的な気持ちを表す文言が含まれていなくても、訳には典型的な英語の冒頭表現を加えた方が文化的な観点からいうと、より洗練された通訳だといえる場合があります。
例えば、話者が次のように述べたと仮定します。
「この再生エネルギーシンポジウムに際しまして、わが社を代表し、一言ご挨拶申し上げます。」
これをそのまま単純に通訳すると、例えばこのようになるかもしれません。
On behalf of my company, I would like to say a few words at this renewable energy symposium.
しかし、これでは、ややぶっきらぼうに聞こえ、聴衆の中には、「この人は本当にスピーチをしたいのだろうか」と思う人がいるかもしれません。
それに対して、文化的な相違を念頭において、英語の発想を考慮した観点から話者が本当に伝えたい意味を伝える通訳を目指すのであれば、例えば、このような訳はいかがでしょうか。
On behalf of my company, I am delighted to have the opportunity to say a few words to you at this renewable energy symposium.
ここで使っているような「delighted to have the opportunity」が話者の肯定的な気持ちを表し、聞いている聴衆に対して、ある種の敬意を表す表現として機能するのです。
つまり、話者が「一言(ご挨拶)申し上げます」というような表現を使った場合は、あたかも「一言(ご挨拶)申し上げることが出来ますことを嬉しく存じます」と話したかのように訳すほうが賢明である場合があるということですね。
冒頭表現パターン(その1)
それでは、スピーチの冒頭で頻繁に使われる英語の敬意表現のサンプルをいくつか書き出してみましょう。キーワード・キーフレーズごとに分けて表にします。
「(その1)」というのは、冒頭の一番初めの部分で使われる表現を指します。下の「(その2)」では、その次の部分でよく使われる表現を扱います。
ここでご紹介しているのは、あくまでも典型的なパターンであり、当然ながら必ずしもこのパターンに沿ってスピーチが進むわけではありませんが、こういった表現パターンを知っておくのは、通訳の際に有益だと思います。
下の表にある語句はサンプルです。このような語句を「A+B+C」という順で組み合わせるとセンテンスを作れます。
冒頭表現用例(その1)
実例をいくつか見ていきます。
まず2020年の「Climate Week」でのチャールズ皇太子の開会挨拶からです。
Ladies and Gentlemen, I am delighted to have been invited to open this year’s critical Climate Week.
次は、時事通信社が運営する「時事トップセミナー」でイングランド銀行頭取エドワード・ジョージ氏が2001年に述べたスピーチです。
Mr Chairman, I am delighted to join you today for this Jiji Top Seminar and to have this opportunity to meet with so many senior representatives of the Japanese business – and financial – community here in the UK.
こちらは、ナイジェル・ハドルストン英国スポーツ・市民社会大臣のスピーチで、ロンドンを拠点とする慈善団体「新しい慈善事業の首都」の2021年の会議での挨拶です。
I am delighted to have the opportunity to speak to you today and I am honoured to have been asked to be the new DCMS Minister with responsibility for civil society and youth.
次にアメリカから、2例引用します。まず、ベティ・マッカラム下院議員が2011年にアメリカ先住民の医療に関する会合で述べた挨拶からです。
It is an honor to be here with you today to be part of this important discussion that affects our Country, your Nations and your families.
こちらは、テキサス大学マーク・ユドフ総長のスピーチの冒頭で、2003年にサウスウエスタン・メディカルセンターで述べた言葉です。
It is a great pleasure to have this opportunity to meet with members of the Executive Committee, although I am sure all of us could think of more pleasurable topics than the current funding crisis in Texas higher education.
最後に、2012年に英国のウィリアム・ヘイグ外務大臣が、パラリンピック関係のサミットで行ったスピーチからです。
It gives me great pleasure to join you here at the International Paralympic Inclusion Summit.
冒頭表現パターン(その2)
それでは、上の「その1」で見たような表現の、次の部分でしばしば用いられる表現を見ていきます。表に示しているのはサンプル語句です。
冒頭表現(その2)用例
実際の用例をいくつか見ましょう。
まず、2015年にウィリアム王子(Duke of Cambridge)が日本で述べた挨拶からです。
If I may, I would like to start with a word of thanks for the very warm welcome I have received so far in Japan.
次は英国のアシュトン男爵が2019年にベニス・ビエンナーレで行ったスピーチです。
May I begin by congratulating the artist, Cathy Wilkes, for creating the incredible works on show inside this building, and Dr Zoé Whitley, for so skillfully curating the exhibition.
こちらは、2022年に英国のトム・ウッドロフ大使が国連経済社会理事会(ECOSOC)で行ったスピーチからです。
I would like to preface my remarks by quoting from the opening chapter of Our Common Agenda….
最後の例は、2010年英国陸軍のメダル授与式でのチャールズ皇太子のスピーチから。
I would very much like to thank the Mayor of St. Edmundsbury, his office and the good citizens of this historic town, for allowing my Regiment to exercise its freedom of the Borough today and to permit this parade to take place in the centre of the town.
まとめ
今回は、英語のスピーチの冒頭でつかわれる敬意表現を考察しました。ご紹介した表現の数は、多くはありませんが、こういった表現をいつでも使えるように頭に入れておくと、スピーチを通訳するときに、きっと役に立つでしょう。
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