今回の内容は、逐次通訳のプリセッション(サンプル付き)です。特に、コミュニティ通訳におけるプリセッションを見ていきます。
コミュニティ通訳は、言語文化的マイノリティ(外国人等)を通訳活動で支援しホスト社会(日本社会)につなげるもので、主な活動分野は司法・行政・教育・医療です。
特にプリセッションが重要になるのは、法律相談通訳や裁判での通訳、医療通訳の場合でしょう。
プリセッション(プレセッション)とは
プリセッションの目的は、通訳を始める前に、通訳を必要とする外国人とその人の言語を解さない弁護士や医師等がしっかりと意思疎通が出来る環境を整えるということです。
特に司法や医療における通訳では、守秘義務や正確性等が非常に重要です。こういったことが担保されるように、通訳を始める前にいわば約束事を決めたり確認したりするのがプリセッションです。
プリセッションの内容を具体的に見ていきましょう。
プリセッションの内容 — CIFE
プレセッションで扱うべき重要な点は4つに集約され、英語ではCIFEという略称で知られています。
Confidentiality = 守秘義務
I = 一人称
Flow = 流れ
Everything = 全て
通訳者は、プリセッションでこの4つのポイントに基づいて通訳に関する約束事を説明し、法律相談や診察などの通訳がどのようになされるかを、前もって説明するのです。
この4点を少し詳しく見ます。
C = 通訳者は守秘義務を厳格に遵守します。
I = 通訳者は一人称を使います。つまり、通訳の最中は、発話者が使った人称をそのまま使って訳を言うということです。例えば、クライアント(外国人)が「I didn’t steal anything」と発言したら、「この人は何も盗んでいません」ではなく「私は何も盗んでいません」と訳します。通訳者自身が主語の場合は「the interpreter」という語句を使って、例えば「The interpreter is going to ask the lawyer for clarification」(通訳者は弁護士に説明を求めます)のように言います。
Flow = 通訳者はクライアントと弁護士や医師とのやり取りの流れを制御します。発言が不明瞭な時は説明を求めたり、発話者のしゃべり方が早過ぎたらゆっくり話すよう求めたり、面談等が長時間続いたら休憩を求めたりします。
Everything = 発話者(クライアントである外国人や弁護士や医師等)が口にしたことは全て通訳します。通訳者の判断で何かを省いたりしません。従って、通訳してほしくないことは口にしないように、前もってアドバイスすることが賢明です。
ちなみに、このCIFEは、通訳倫理の基本原則とも共通する部分があります。通訳倫理全般についてはこちらをご覧ください。
プリセッションでは、まず自己紹介をします。そして、プリセッションを行うということを相手に伝えてから、CIFEに基づいた説明を行います。
注意したいこと
(1)プリセッションは長くなり過ぎない方が良いでしょう。特に弁護士や医師は限られた時間の中で面談や診察をします。
(2)クライアントである外国人に安心感を持ってもらえるような説明の仕方をしましょう。
プリセッションの例
外国人が法律相談のために弁護士と面談をするという場面を想定した通訳のプリセッションを例として見ていきます。多くの場合、通訳者はまずクライアントの外国人と会い、プリセッションを行います。その後、弁護士との面談が始まるときに、弁護士に対してプリセッションをします。
弁護士と面談をする外国人とのプリセッション
Hello, Mr. Smith. My name is Yoshio Tsuyaku. I am an interpreter from the YT Language Service. I will be interpreting for you in Japanese during your consultation with the lawyer. There are a few things I would like to go over with you about the interpretation process. To begin with, you can rest assured that whatever you say is strictly confidential and will never be shared with a third party. I may take notes to help me interpret accurately, but I will destroy my notes at the end of the consultation. During the session, please look at and speak directly to the lawyer, not to me. And I will interpret in the first person; if you say, “I live in Kyoto,” I will say, “I live in Kyoto,” in Japanese. Please speak in short sentences and pause frequently so that I can interpret accurately. I will raise my hand as a signal if I need you to pause. Also, keep in mind that I will interpret everything you say exactly as you say it. I will do the same for the lawyer. Please don’t say anything that you don’t want interpreted during the session. Do you have any questions or concerns?
和訳:こんにちは、スミスさん。YT言語サービスの通訳良夫と申します。スミスさんの弁護士面談の日本語通訳を担当させて頂きます。通訳付きの面談に関して、スミスさんにいくつかご説明したいことがあります。まず、守秘義務については、私共は厳格に従います。スミスさんがおっしゃったことを第三者と共有するようなことは決していたしません。正確な通訳をするためにメモを取ることがありますが、面談が終了次第、破棄しますのでご安心ください。面談中は、私ではなく、弁護士に向かってお話しください。通訳は一人称を使います。つまり、スミスさんが「私は京都に住んでいます」とおっしゃれば、日本語での通訳も「私は京都に住んでいます」となります。また、通訳の正確性を担保するために、なるべく短い区切りでお話しください。お話の途中で、私が手を上げましたら、それは、区切っていただきたいという合図ですので、よろしくお願いします。最後に、スミスさんが面談中におっしゃったことは、すべてそのまま通訳しますし、弁護士の発言も、すべてそのまま訳します。通訳をしないでほしいとお思いのことは、おっしゃらないでください。何かご質問などございますか。
自己紹介の「an interpreter from the YT Language Service」という部分は、もちろん自分に当てはまる情報を言います。例えば所属先が無ければ「from」以下は言いませんし、あるいは、自分の名前を言った後、続けて「I will be interpreting for you today」のように次の部分に入っていっても良いでしょう。また、「an interpreter」の代わりに例えば、「a conference interpreter」や「a professional interpreter」、あるいは「a freelance interpreter」、「a volunteer interpreter」、「a certified { registered } interpreter」などの表現が適切な方もおられるでしょう。
また、上のようなプリセッションをしたにもかかわらず、通訳がどのように行われるかをクライアント(外国人)に完全に理解してもらえたという確信が持てない場合は、下のような補足説明を加えると有効かもしれません。
So once again, please remember not to speak to me directly during the session. If you ask me something directly, I have no choice but to repeat it in Japanese to the lawyer. Please don’t think I am being unfriendly if I don’t respond to you directly. My job here is to interpret – to help you and the lawyer understand everything that is being said.
和訳: 繰り返しになりますが、面談中は私に直接話しかけないようにしてください。私に直接質問されても、私はスミスさんの質問を日本語で弁護士に伝えるしかありません。私がスミスさんの質問に答えなくても、愛想がないとは思わないでください。私の仕事は、スミスさんと弁護士が話の内容を理解できるように通訳することなのです。
弁護士とのプリセッション
クライアント(外国人)とのプリセッションの後、弁護士との面談の場になります。
クライアント、弁護士、通訳者の3者が集まったら、たいていの場合は最初に弁護士の自己紹介があるでしょう。それを通訳した後すぐに、クライアントに一言、弁護士に自己紹介等をする旨を伝えてから、弁護士とのプリセッションをします。基本的な内容は、クライアントとのプリセッションと同じです。CIFEに基づくからです。
下は、この場面の例です。
弁護士の自己紹介:こんにちは。私は都道府県弁護士会の弁護良子です。
通訳:Hello. I’m Yoshiko Bengo from the Todofuken Bar Association.
クライアントに対する通訳の発話:The interpreter is going to introduce himself to the lawyer in Japanese.
弁護士に対する通訳の自己紹介及びプリセッション:こんにちは。スミスさんの通訳を担当する、YT言語サービスの通訳良夫と申します。既にスミスさんには私の自己紹介をいたしました。通訳をする上で、先生にいくつかお伝えしたいことがあります。まず、守秘義務については私共も厳格に従います。正確な通訳をするためにメモを取ることがありますが、通訳が終了次第、破棄しますのでご安心ください。面談中は、私ではなく、スミスさんに向かってお話しください。通訳は一人称を使います。つまり、スミスさんが英語で「私は京都に住んでいます」と言えば、日本語での通訳も「私は京都に住んでいます」と言います。また、通訳の正確性を担保するために、なるべく短い区切りでお話しくださるようご協力いただければと思います。お話の途中で、私が手を上げましたら、それは、区切っていただきたいという合図ですので、よろしくお願いします。最後に、先生が面談中にご発言になったことは、すべてそのまま通訳しますし、スミスさんの発言も、すべてそのまま訳します。通訳をしないでほしいとお思いのことは、おっしゃらないでください。何かご質問などございますか。
まとめ
以上のようなプリセッションをすれば、クライアントの外国人も弁護士も、通訳がどのように行われるのかを理解することができます。そうすることによって、スムーズで問題の生じない、効果的な面談が可能になります。
上の例は、弁護士との面談でしたが、医師の診察を受ける外国人の通訳をするときも、基本的には同様のプリセッションを行えば良いでしょう(もちろん「lawyer」は「doctor」に置き換えます)。
最後に、特に、裁判での通訳の場合は、プリセッションをするとき以外は、クライアントと一緒にいる時間を最小限にした方が良いでしょう。例えば、休憩時間などがあれば、何か適切なことを丁寧に言ってクライアントから離れるようにしましょう。
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★ 今回は、通訳のプリセッション(pre-session)をご紹介しました。
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