ようこそ「通訳訓練シリーズ」へ。今回の通訳ブログは、日英のサイト・トランスレーション(sight translation)を扱います。
「サイト・トランスレーション」は、「サイトラ」と短縮されることもあります。ここでは通訳訓練法の1つを指す用語として使っており、ここからは「サイトラ」と呼んでいきます。
サイトラ
この通訳ブログでは、すでに英日のサイトラをご紹介しました。サイトラの基礎である「順送り訳(頭ごなし訳)」についても、英日でのやり方をご紹介しています。
日本語の原文を英語に訳すサイトラであっても、基本的には順送り訳方式で「意味のユニット」ごとに訳出していくという点は変わりません。
今回の教材
今日使用する教材は、この通訳ブログの「逐次通訳練習(日英)」で使ったスピーチです。2018年10月5日に開催された「アフリカにおけるビジネス機会」というイベントで、当時の佐藤正久外務副大臣が述べた開会挨拶です。下に掲載する日本語の原文は「TICAD閣僚会合サイドイベント『アフリカにおけるビジネス機会』における佐藤外務副大臣挨拶日本語版」(出典:外務省ホームページ)を加工して作成しました。またサイトラ参考訳例は、その英語版(外務省ホームページ)を加工して作成しました。
意味のユニットごとのサイトラ訳出練習
(第1段落)
アフリカ各国代表団の皆様、
Government delegations from African countries,
日本及びアフリカ企業関係者の皆様、
business representatives from Africa and Japan,
TICAD閣僚会合に先立ち、
prior to the TICAD Ministerial Meeting,
ビジネス・サイドイベント第一部「アフリカにおけるビジネス機会」が開催されますことを
Part 1 of the Business Side Event “Showcasing Business Opportunities in Africa” is taking place
大変嬉しく思います。
— which gives me great delight.
(註 — このようなスピーチの冒頭では典型的に「~ことを大変嬉しく思います」や「~ことを喜ばしく思います」といった表現が使われますので、「TICAD閣僚会合に先立ち」まで原文を目で追った時点で、そのような展開になることを予測して「I am delighted that, prior to the TICAD Ministerial Meeting, . . .」のような訳をすることも考えられます。ただし、予測はあくまでも予測であり、原文が予想外の展開をすることも可能ですので、こういった技法はかなり通訳慣れをしていないと難しいかもしれません。ちなみに、英語スピーチ冒頭表現についてはこちらをどうぞ。)
(第2段落)
明日からTICAD閣僚会合が開幕します。
The TICAD Ministerial Meeting begins tomorrow.
アフリカの社会と経済の発展を一層促進していくために、
To further Africa’s social and economic development,
民間企業は極めて大きな役割を果たしています。
private-sector companies have been playing an extremely important role.
TICADも回を追うごとに、
With each TICAD meeting,
民間セクターの関与と協力が徐々に大きくなってきています。
the private sector’s contribution and cooperation has steadily increased.
(第3段落)
日本政府としては、
As for the Japanese government,
来年8月に横浜で開催されるTICAD7に向けて、
in the lead-up to TICAD 7 to be held in Yokohama in August next year,
(註 — 1.別の訳し方としては、「in the lead-up to」の代わりに「in preparation for」などを使うこともできます。また、「~に向けて」は「as we move {head} toward ~」のような表現で訳すことも考えられます。ただ、このセンテンスの最初に「As for」を使ったために「as」を比較的近いところで2回用いることになることを念頭に置きます。2.「TICAD 7 to be held in Yokohama in August next year」の代わりに、「next August’s TICAD 7 in Yokohama」でもいいでしょう。)
日本の対アフリカ投資をいかに促進し、
we are exploring ways to promote Japanese investment in Africa,
(註 — 1.外務副大臣は日本政府を代表してこの挨拶を述べていますので、「we」を使うのは妥当であると言えます。2.原文には「exploring」のような動詞は含まれていませんが、「~をいかに促進し」というような語句や文脈から、exploring しているのだということが読み取れると思います。このように、話の展開を一定程度の予測することも可能な場合があります。)
アフリカの経済社会の発展と日アフリカ間の経済協力関係を強化していくか、
to support Africa’s socio-economic development, and to strengthen Africa-Japan economic cooperation,
(註 — 別の訳し方としては、「and Africa’s socio-economic development as well as to strengthen Africa-Japan economic cooperation」などが可能です。その訳し方をする場合は、「Africa’s socio-economic development」も、上の「promote」の目的語になります。)
具体的な取組を検討しているところです。
and we are currently considering specific initiatives in this regard.
(註 — 1.このセンテンスの最初の方で、「we are exploring」というように、すでに訳文に動詞を含めています。しかしこの文末に至って、「検討している」と動詞が使われています。もちろん日本語では文末に動詞が来るのが普通であり、こういった文末は予測できていたはずです。訳文で同一の動詞を再度使うことを避けて「considering」をここでは使っています。2.「具体的な」という表現は、自動的に「concrete」と訳す傾向があるかもしれませんが、「specific」等の他の表現も使える語彙として持ち合わせておきます。)
(第4段落)
アフリカは様々な分野で投資機会が見込まれる
Africa offers investment opportunities in various fields.
大いなるフロンティアですが、
It is a great frontier.
一方で、未だ多くの課題を抱えています。
But at the same time, it still faces many challenges.
それらを克服するために、日本企業の果たせる役割は
The role Japanese companies can play in supporting Arica in addressing these challenges
(註 — 1.「play」の後の部分は、「in helping to overcome the challenges」等でも良いと思います。2.別の訳し方としては、「To help to overcome those challenges, Japanese companies can play a role」等が考えられます。)
決して小さくありません。
is by no means insignificant.
(註 — 1.「insignificant」の代わりに「small」等でもよいでしょう。2.上の註2にある訳し方をした場合は、「that is by no means insignificant」等と続ければよいと思います。)
日本企業には質の高い製品、
Japanese companies are known for their high-quality products,
(註 — この部分には、「are known for」に相当するような表現は明確には含まれていないのですが、「日本企業」と「質の高い製品」が言及される場合は、日本企業が高品質の製品を作っているというような肯定的な内容を話しているということが容易に想像できます。「known」の代わりに「recognized」でもいいと思います。また、別の構造を使った訳し方としては、「manufacture high-quality products」などが考えられます。)
職業訓練を通じたスキルの高い人材育成、
development of highly skilled human resources through vocational training,
(註 — 上で「manufacture . . .」という訳し方をした場合は、ここで「develop highly skilled human resources through vocational training」等の訳をしてもいいでしょう。)
高い技術力があります。
and advanced technology.
(註 — 上で「manufacture . . .」という訳し方をした場合は、ここで「and have advanced technology at their disposal.」というような訳をすることになるでしょうか。)
大企業だけでなく、中小企業も同じです。
This is true not only for large companies but also for medium and small companies.
更に、日本式の企業文化や職業倫理によって、
Moreover, through Japanese corporate culture and work ethics
現地の発展に寄与してきました。
Japanese companies have contributed to local development.
(註 — 原文には主語は含まれていませんが、ここでは「Japanese companies」を入れた方が分かりやすくなるでしょう。)
アジア諸国における経験がそれを示しています。
This has been demonstrated by the experiences of Asian countries.
(註 — 直前の文を完結せずに、「. . . local development, as has been demonstrated by. . . .」のように続けていってもいいと思います。)
(第5段落)
本日はアフリカの商工会議所の代表者や国際機関の専門家から、
Today, representatives from African chambers of commerce and industry and experts from international organizations
アフリカの大いなる魅力と投資機会について、
are scheduled to speak about Africa’s attractive features and investment opportunities,
(註 — 原文のこの部分には「speak about」に相当するような表現は含まれていませんが、その前の「~の代表者や~の専門家から」及び、当該部分の「~について」という表現を合わせて考えますと、おのずと、そういった人たちが、こういった内容の発表をするのだろうということが読み取れます。)
紹介がなされることを楽しみにしております。
and I look forward to their presentations.
(第6段落)
本日のイベントの結果、
As a result of today’s event,
多くの日本企業の方々が、
many Japanese business people
アフリカへの投資や事業拡大を真剣に検討し、
will, hopefully, seriously consider investing in Africa or expanding their business there
(註 — 「hopefully」をここに入れたのは、文脈からこの部分は話者の希望を述べているということが読み取れるからです。なお、「hopefully」のこの用法は誤りだと考える人もいますが、『Merriam-Webster』は「entirely standard」だと明言しています。)
実際にアフリカに足を運んでその熱気と可能性を肌で感じて、
and actually visit Africa to feel the enthusiasm and potential there
具体的なビジネスの成果につながることを期待しています。
so that specific business outcomes can be achieved.
日本とアフリカの関係が、来年のTICAD7に向けて、更に盛り上がっていくことを祈念し、
I sincerely hope that the Japan-Africa relations will gain further momentum as we head toward next year’s TICAD 7.
(註 — 「~ことを祈念し」まで視点が来た段階で、「私の挨拶とさせて頂きます」等の結び表現が使われるであろうということは予測できますので、その時点で英訳の方も「I would like to conclude with the hope」等の結び表現を使っても良いと思います。英語スピーチ結び表現についてはこちらをご覧ください。)
私の挨拶とさせて頂きます。
With this, I would like to conclude my remarks.
ご清聴ありがとうございました。
Thank you for listening.
区切り無しの原文からサイトラ訳出練習
つぎに、意味のユニットごとの区切りを入れていない原文を目で追いながら、自分の頭の中で区切りを入れつつ、可能な限り原文の語順に添って、サイトラ方式で訳出していきましょう。原文の各段落の下にサイトラ参考訳例を入れます。
アフリカ各国代表団の皆様、日本及びアフリカ企業関係者の皆様、TICAD閣僚会合に先立ち、ビジネス・サイドイベント第一部「アフリカにおけるビジネス機会」が開催されますことを大変嬉しく思います。
明日からTICAD閣僚会合が開幕します。アフリカの社会と経済の発展を一層促進していくために、民間企業は極めて大きな役割を果たしています。TICADも回を追うごとに、民間セクターの関与と協力が徐々に大きくなってきています。
日本政府としては、来年8月に横浜で開催されるTICAD7に向けて、日本の対アフリカ投資をいかに促進し、アフリカの経済社会の発展と日アフリカ間の経済協力関係を強化していくか、具体的な取組を検討しているところです。
アフリカは様々な分野で投資機会が見込まれる大いなるフロンティアですが、一方で、未だ多くの課題を抱えています。それらを克服するために、日本企業の果たせる役割は決して小さくありません。日本企業には質の高い製品、職業訓練を通じたスキルの高い人材育成、高い技術力があります。大企業だけでなく、中小企業も同じです。更に、日本式の企業文化や職業倫理によって、現地の発展に寄与してきました。アジア諸国における経験がそれを示しています。
本日はアフリカの商工会議所の代表者や国際機関の専門家から、アフリカの大いなる魅力と投資機会について、紹介がなされることを楽しみにしております。
本日のイベントの結果、多くの日本企業の方々が、アフリカへの投資や事業拡大を真剣に検討し、実際にアフリカに足を運んでその熱気と可能性を肌で感じて、具体的なビジネスの成果につながることを期待しています。日本とアフリカの関係が、来年のTICAD7に向けて、更に盛り上がっていくことを祈念し、私の挨拶とさせて頂きます。ご清聴ありがとうございました。
まとめと参考サイト
こういったサイトラ訳出練習は、頭の負担が多いですが、同時通訳をするための良い訓練になります。同じ教材を使ってでも構いませんので、何回か練習をしてみましょう。
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★ 通訳に関心がある人にとって読む価値のある本を、こちらで ⇩ 紹介しています。
★ 英語のスピーチ冒頭表現については、こちら ⇩ をご覧ください。
★ 英語スピーチ結び表現については、こちら ⇩ をご覧ください。