今回は、通訳メモの取り方をご紹介します。
ここでは、特に英日逐次通訳用のメモの取り方を見ていきます。英日通訳メモを取れるようになれば、日英通訳のメモは、少し工夫をするだけで自分自身の使いやすいメモ取りシステムを構築できると思います。
通訳メモ(ノートテーキング)とは
逐次通訳では、1センテンス、1段落、また場合によっては、さらに長い分量の発話を聞いてから訳出します。その際、発話に含まれるすべての情報を自分の頭だけで記憶して通訳することは困難な場合があります。話者のしゃべったことを頭に一度インプットしても訳出するときにその記憶がよみがえってこないと困るという観点から書き留めるのが通訳メモ(note-taking)です。自分の頭の記憶力だけで訳出に必要な情報を思い起こすことができればメモは不要なのですが、たいていの場合は、それが難しいので、記憶の保持および喚起をするための一助としてメモを取るのです。
通訳メモは、いわゆる速記ではありません。速記は一言一句書き留める方法であり、それを解読するのに時間がかかります。しかし、通訳メモは、それを見て即座に訳出できなければならないのです。極端な言い方をすれば、理想的には、自分がメモの中に使った記号を一つ見ただけで、話者の話した一つのセンテンス(文)全体が思い起こせるようなメモです。
自分がわかるメモであればどんなメモでも構いません。自分自身がメモを見てオリジナルの発言の意味がよみがえってくれば良いのです。自分自身の使いやすいメモのシステムを構築しましょう。
とは言え、何らかのヒントが欲しいという方もおられるでしょう。そこで、効率の良い通訳メモを取るためのポイントを下にまとめます。
通訳メモのポイント
- メモは、訳出の際の記憶喚起の補助です。メモ取りを意識しすぎて、話者の話の内容を聞き取れないようでは本末転倒です。理解が難しい箇所は聴くことに集中しましょう。理解した情報だけをメモに取ります。
- 数字(年、日付、年齢、金額、等)は正確な記憶喚起がむつかしいので、原則として優先的に書き留めます。数字が聞こえてきたら、可能な限り即座にメモします。
- 固有名詞(人名、団体名、等)も数字と同様になるべく即座にメモします。
- 発話者が他の人や本などから引用している情報は、引用だと分かるように記します。
- 通訳メモは、文章というよりは、意味の風景を示す図面のようなものだと考えましょう。図面として取ったメモの方が、それを見たとき、発話の内容をより速く思い起こすことができます。言葉だけでなく、線、矢印、丸、などを含め記号を駆使します。
- メモは英語、日本語等、どの言語が混在しても構いません。例えば、漢字は表意文字で意味が喚起されやすいので便利です。一例をあげれば、「people」を 「人」とメモに書いても良いですね。
- 頻出語句は記号化しておくと良いでしょう(下に記号の例をまとめます)。自己流で構いません。特に、国名、国際機関、一般語彙で頻度の高い言葉、当該通訳で頻度の高い言葉などは、記号化しておくと便利です。
- 単語を略す場合は、最初と最後を記す方が良い場合が多いでしょう。なぜなら、「committee」「commitment」「committed」などのように語尾で区別される言葉がたくさんあるからです。例えば、「comm」とメモに書いても、どの単語のことなのか不明瞭ですが、「cmtee」「cmt」「cmtd」などのように書けばはっきりします。同様に、「management」なら「man」とメモするよりも「mgt」と記す方が有益でしょう。
- 転換語・接続語などのように、話の流れの方向を示す表現(however, but, whereas, therefore 等)は、できるだけメモします。
- センテンスの主要な部分、つまり主語、述語、目的語のような要素を、メモします。これらを修飾する情報は、修飾表現だと分かるようにメモします。
- 通常の散文を書く時のように、左から右へ横方向に書いて紙の右端で次の行に移るという書き方でメモを書くと、訳出するときに意味の判読がしづらくなります。通訳メモは、下方向、あるいは右下の方向に書いていきます。図式化すると次のようになります。
(あくまでも一例であり、品詞などの位置に固執する必要はありません。)
- 新たな文(sentence)が始まったら、原則として左端に戻って書き始めます。
- 特に列挙事項だと思ったら、すぐに下方向に書き始めます。
- 列挙事項で書きとめられなかった項目があった場合は、何らかのしるしを付けてメモとして残しておきます。点(中黒)、丸、短い線など何でもよいでしょう。それを見たら、訳出するときその項目が何だったのかを思い出すかも知れません。
- 発話が休止し訳出をするたびごとに横線をメモスペースの端から端に引き、メモの中で、どこまで訳出が終わっているのか、どこから訳出をするのかの区切りを明確にします。話者が一度に話す発話が長い場合(発話の休止から休止までが長い場合)は、訳出のときになってメモを見た時点で、どこから今回の訳出を始めるべきなのかが即座に分かりにくいかしれません。この問題を未然に防ぐための横線です。
- 発話の中で話題の転換や情報の区切りがあるにもかかわらず、発話が休止せず続く場合は、何らかの形で、新たな話題に移ったとか、話の流れの転換がそこにあるということを記しておくのが賢明でしょう。短く横線を引く、丸を付けるなど、どんなしるしでも構いません。例えば、
通訳メモ用記号・略字などの例
通訳メモに使われる記号や略字などの例をいくつか見ましょう。(これは、あくまでも一例です。自分が通訳するために最も便利なメモの取り方を自ら工夫して構築しましょう。通訳者の間でもかなり違います。)
通訳メモのサンプル
次に通訳メモの一例を掲載します。この通訳訓練シリーズの「(4)パラフレージング」の記事で使ったオバマ大統領のスピーチ(American Rhetoric)を逐次通訳していると仮定して書いたメモです(最初の1分25秒ほど)。最初に原文(1~2センテンスずつ)、次にメモ例です。
Good evening. In my first Inaugural Address, I committed this country to the tireless task of combating climate change and protecting this planet for future generations.
Two weeks ago, in Paris, I said before the world that we needed a strong global agreement to accomplish this goal — an enduring agreement that reduces global carbon pollution and sets the world on a course to a low-carbon future.
A few hours ago, we succeeded. We came together around the strong agreement the world needed. We met the moment.
I want to commend President Hollande and Secretary General Ban for their leadership and for hosting such a successful summit, and French Foreign Minister Laurent Fabius for presiding with patience and resolve.
And I want to give a special thanks to Secretary John Kerry, my Senior Advisor Brian Deese, our chief negotiator Todd Stern, and everyone on their teams for their outstanding work and for making America proud.
I also want to thank the people of nearly 200 nations — large and small, developed and developing — for working together to confront a threat to the people of all nations.
Together, we’ve shown what’s possible when the world stands as one.
- 人名はイニシャルだけを書いています。肩書などすべての情報を書き留めるにはオバマさんの話し方は速すぎますし、ここに言及されている人たちは、よく知られた人々で、名前が分かればば肩書も思い出すので、メモは不要です。
- 「we」は「I‘」と書いています。
- 「when」は「E」と書いています。
- 「thank」は「θ」と書いています。
用紙と筆記具
横幅の広い用紙は不要です。目安としては、A4またはB5用紙の縦半分くらいの幅があれば充分です。
実際の通訳で使用する用紙は、通訳者自身の好みによります。しかし、一つ言えることは、現場の環境によって適切なものを選ぶということです。例えば、通訳者が座ってメモ取りをする椅子と机(テーブル)があるのでしたら、A4あるいはB5用紙を縦2段で使うように真ん中に線を入れてクリップボードに何枚か挟んで使っても良いでしょう。一方、通訳者のための机(テーブル)が無く、メモ用紙を手に持ってメモ取をする場合は、メモ帳のような持ちやすいものを使う方が賢明だろうと思います。
もう一つ言えることは、ページをめくりやすい用紙を使うべきだということです。実際の通訳の最中に、メモ用紙をめくるのにまごつくということは避けたいですね。
また、通訳の最中にメモ用紙が無くなるということの無いよう十分な量の用紙を持っていきましょう。
筆記具は、自分が使いやすく書きやすいボールペンが良いでしょう。また、通訳の途中でインクが無くなるなどの理由で書けなくなることを想定して、一本ではなく複数本持参します。
メモ取り練習
メモ取りに慣れるには、練習の積み重ねしかないので、何度も練習を重ねましょう。そして、自分が使いやすいメモのシステムを構築しましょう。また、同じ教材を繰り返し使って練習しても構いません。自分で書いたメモを分析し、効率の良い取り方を研究しましょう。
メモの取り方の練習の一つとして、次のような方法が考えられます。まず、話者の発言を、メモを取りながらよく聞いた後で、メモを見ながら、話者と同じ言語で発言の内容を再現するという練習方法です。(語りかけるような口調で喋りましょう。)また、そのときに自分の声を録音して、オリジナルの発言と比較することも有効です。一言一句同じである必要はなく、意味が正確に再現できればよいのです。
この作業に慣れてきたら、次は、一段落ごとに音源を止めて、メモを見ながら、逐次通訳をする練習をします。
練習1
先ほど上でご紹介したオバマ大統領のスピーチを使ってメモ取り練習をしましょう。
まず、スピーチに含まれる人名を確認しましょう。
President Hollande
Secretary General Ban
French Foreign Minister Laurent Fabius
Secretary John Kerry
Senior Advisor Brian Deese
chief negotiator Todd Stern
練習の仕方は、スピーチ音源を聞きながらメモを取り、1~2センテンスごとにポーズを入れて、メモを見ながらスピーチを英語で再現できるか試してみます。一言一句オリジナルの通りである必要はありません。意味を成す英語でオリジナルの内容を表現していれば良いのです。
メモ取りの準備はよろしいでしょうか。それでは始めましょう。音声はここ ⇩ にあります。
いかがでしたか。
練習2
オバマ大統領のスピーチを、メモを取りながら聞いて、1~2センテンスごとにポーズを入れます。ただし、今度は、メモを見ながら日本語で逐次通訳してみましょう。それでは始めましょう。
うまくできましたか。
このスピーチのスクリプトはこちらにあります。
教材
この記事では、オバマ大統領のスピーチを教材として使いました。このスピーチの音源とスクリプトを提供しているAmerican Rhetoric には、このスピーチの他にもオバマ大統領や他の人のスピーチがたくさん掲載されています。
基本的には教材は、何でも構いません。「通訳訓練(2)シャドーイング&音読」及び「通訳訓練(3)リプロダクション」でお勧めしている教材を使ってもいいです。また、メモ取り練習に使うのに特に便利だと思うのは、TED です。スクリプトもありますし、様々なジャンヌを扱っています。また、パラフレージング訓練の記事の中で触れていますように、イギリスを含めヨーロッパの教材が良ければ、European Commission の Speech Repository などを利用してもいいですね。
教材に使う音源のスピードに関しては、オバマ大統領の話し方は、通常の速さであり学習者用に遅くなっているわけではありませんから、ついていくのが難しかったかもしれません。ご自分で、メモ取練習をする場合は、もちろんもう少し速度の遅い音源を使っても構いません。ただ、一点注意したいのは、遅い音源ばかり使ってメモ取り練習をすると、実際の通訳では使い物にならないメモの取り方を身につけてしまいかねないということです。
最後に、逐次通訳メモに関する先駆的な本をご紹介します。古い本ですし、著者はヨーロッパの言語間での通訳の専門家ですので日本語と英語の通訳には必ずしも当てはまらない部分もありますが、多くの示唆に富む内容です。
Jean-François Rozan. Note-taking in Consecutive Interpreting. Edited by Andrew Gillies and Bartosz Waliczek.
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★ 今回は、通訳メモの取り方(note-taking)をご紹介しました。
★ どのような訓練でも同じことですが、長時間の訓練を時々するというよりも、短時間の訓練を頻繁にするのが効果的です。
★ この通訳訓練シリーズでは、次に要訳(要約)(summary interpreting)をご紹介しています。こちら ⇩ をご覧ください。
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★ 通訳に関心がある人にとって読む価値のある本を、こちらで ⇩ 紹介しています。