この記事では、通訳技術を習得するための具体的な訓練方法としてのリプロダクション(reproduction)をご紹介します。(ちなみに、リテンション[retention]という訓練法も実質はリプロダクションと同じです。)
リプロダクションとは
これは、聞いた音声をそのまま口頭で反復するという訓練です。前回ご紹介したシャドーイングでは、音声を聞きながら、聞こえてくることを一拍遅れでしゃべりますが、リプロダクションでは、(1つのセンテンス等を)聞き終えた後で聞いたことをしゃべります。通訳訓練法としてのリプロダクションは、日本語でも行いますし、英語でも行います。
目的
この訓練の目的は、情報の保持力と再現力の強化です。さらに、集中力を喚起し高めるということも期待されます。
高度な集中力を要求することによって、短期記憶が向上するという見方もあります(ただしこの短期記憶に関しては根拠が明白ではないようです)。
さらに、シャドーイングと同様に、通訳にふさわしい話し方(発音・抑揚)が身につくという効果もあります。
方法
基本手順
リプロダクション訓練は、基本的には次のように行います。
- 最初のセンテンス(文)をよく聞いてこのセンテンスが終わったら音源を止めます。(ポーズです。)
- 今聞いたセンテンスをそのまま音源の言語で反復します。
- うまく出来なくてもかまわないので、次のセンテンスに進み、同じ要領で反復します。
- 慣れてきたら、一度に聞いて反復する量を2センテンス、3センテンス、1段落、というように増やしていきます。
以上が基本的な手順です。
長いセンテンスは区切っても良い
音源のセンテンスが非常に長い場合は途中で区切ってポーズ・反復してもかまいません。具体例を見てみましょう。例えば、大阪のコロナ感染状況に関するNHKニュース(2021年4月20日)を使って日本語のリプロダクション訓練をするとします。冒頭に、かなり長いセンテンスがあります。
大阪府は、新型コロナウイルスの対策本部会議を開き、府内での感染の急拡大に歯止めがかからず、医療のひっ迫が深刻さを増している状況を受け、さらに強い対策を講じる必要があるとして、緊急事態宣言の発出を要請することを決定し20日夜、正式に要請しました。
この文を一度聞いただけで、そっくりそのまま暗記して反復するのは困難かもしれません。このような場合は、例えば、次のように区切っても構いません。
大阪府は、新型コロナウイルスの対策本部会議を開き、/
府内での感染の急拡大に歯止めがかからず、医療のひっ迫が深刻さを増している状況を受け、/
さらに強い対策を講じる必要があるとして、緊急事態宣言の発出を要請することを決定し /
20日夜、正式に要請しました。
次の文は、区切らなくても大丈夫でしょう。
吉村知事は宣言の期間について、3週間から1か月が適切だという考えを示しました。
その次のセンテンスはやや長めで難しいかもしれませんが、内容は冒頭のセンテンスと重なっている部分が多いので問題無いかもしれません。しかし長すぎるようであれば、「歯止めがかからず」の後、あるいは「状況を受け」の後で区切ってもいいですね。
大阪府は、府内での新型コロナの感染の急拡大に歯止めがかからず、医療のひっ迫度合いも深刻さを増している状況を受け、20日午後、対策本部会議を開きました。
次の部分には引用が含まれます。
この中で吉村知事は「医療が極めてひっ迫している状況を考えると『まん延防止等重点措置』だけでは効果が十分ではない。変異株の感染拡大力や重症化率の高さなどを考えると、緊急事態宣言の発出を要請すべきだ」と述べました。
この部分も長いので、次のように引用の途中で区切っても構わないでしょう。
この中で吉村知事は「医療が極めてひっ迫している状況を考えると『まん延防止等重点措置』だけでは効果が十分ではない。/
変異株の感染拡大力や重症化率の高さなどを考えると、緊急事態宣言の発出を要請すべきだ」と述べました。
英語の場合も、長いセンテンスは区切ってリプロダクションしても良いでしょう。
例えば、NPRの「Morning Edition」にある、インディアナポリスでの乱射事件に関する音源(2021年4月19日)を使ってリプロダクションをするとします。まずナレーターがイントロ(第1段落)を話し、次にベンソン記者が事件の説明(第2段落)をします。
Last week’s shooting at a FedEx facility in Indianapolis shocked that city. Eight people were killed. Four of them were members of the Sikh religion. Here’s Darian Benson of member station WFYI in Indianapolis.
Police say a trace on the weapons used in last Thursday’s shooting found that the gunman purchased them last year. That was after his mother warned the FBI that he might attempt, quote, “suicide by cop,” which prompted authorities to seize a shotgun from the 19-year-old former FedEx employee. At a vigil this weekend, U.S. Representative Andre Carson called for better gun laws and conversations about mental health.
第1段落の4つのセンテンスは短いので、そのままでも、だいたいリプロダクションできるでしょう。しかし次の段落は、センテンスが長くなりますね。このような場合、下のようにセンテンスの途中で区切っても構いません。(ここでは、1センテンスずつリプロダクションするという基本的な手順を扱っているのですが、混乱を避けるためにピリオドの後にもスラッシュを入れます。)
Police say a trace on the weapons used in last Thursday’s shooting /
found that the gunman purchased them last year. /
That was after his mother warned the FBI that he might attempt, quote, “suicide by cop,” /
which prompted authorities to seize a shotgun from the 19-year-old former FedEx employee. /
At a vigil this weekend, /
U.S. Representative Andre Carson called for better gun laws and conversations about mental health.
同じ音源を繰り返し使用
一つの音源を使ったリプロダクション練習がその音源の最後まで来たら、再び、同じ音源を使ってリプロダクション練習をします。同じ音源を何度使ってもかまいません。音源に慣れてきたら、先ほど区切ったような箇所は区切らなくてもリプロダクションができるようになるでしょう。
同じ音源に飽きてきたら、新たな音源を使いましょう。
振り返り
自分がリプロダクションをする声を録音してみましょう。そして、録音した自分のリプロダクションを聞いて自己評価します。
自己評価するときのチェックポイントは次の通りです。
- クライアントを意識したしゃべり方をしているでしょうか(今はリプロダクション訓練をしているのですが、もしも通訳をしていたら自分の声を聞くのはクライアントです)。通訳は、聞かせるものです。
- かしこまった場面で通用するようなしっかりとした日本語あるいは英語をしゃべっているでしょうか。
- 耳障りなしゃべり方の癖はないでしょうか。日本語では「えー」とか「そのー」とか「こう」や、文節の末尾を強く言うようなしゃべり方。英語では、日本人特有の音の混同(こちらを参照してください)が無いでしょうか。
- 聞きやすく分かりやすい話し方になっているでしょうか。発音や、話すスピードや抑揚(イントネーション)が通訳にふさわしいでしょうか。
改善点があればそれを修正する気持ちで、同じ音源を使って、再び同じ訓練をします。目指すのは、プロの通訳にふさわしい話し方、聞く側が疲れない、いやにならないような語り方を習得するということです。
継続努力
シャドーイング(シャドゥイング)でもそうですが、2~3回やればよいというような練習ではありません。また、時々思い出したように30分~1時間やるというよりも、一回につき5分でも10分でもいいので出来れば毎日この訓練をするのが効果的です。
教材
教材は、シャドーイングで使った音源でも構いません。5分~10分程度の長さのものがふさわしいでしょう。
日本語
日本語の場合は、手っ取り早いのはNHKラジオニュースを使うことでしょう。オンラインのままでもポーズや再生等の操作が出来るので使い勝手は良いと思います。しかし、自分のデバイスに音源を保存して使う場合は、Podcast(ポットキャスト)を利用すればいいですね。NHKラジオニュースのサイトに説明がありますが、Podcastを聞くためには、iTunesなどのクライアントアプリケーション(受信ソフト)が必要です。Windows 用のiTunesもあります。ただし、Android用のiTunesは無いので、AndroidでNHKのPodcastを聞こうと思ったら、「Googleポッドキャスト」をGoogle Playストアからダウンロードしましょう。
英語
「通訳訓練法(2)シャドーイング&音読」という記事で、シャドーイングに使いやすい英語音源をいくつかおすすめしています。こういったサービスは、大抵、ビデオやポッドキャストなどポーズ・再生ができるものを提供しており、リプロダクション訓練にも便利です。特に、使い勝手が良くリプロダクションにお勧めなのは、以下の通りです。
- VOA News:「Lang」から「Learning English」を選ぶと速度の遅い読み上げとスクリプトがあります。リプロダクション訓練ではスクリプトは見ませんが、聞こえてくる英語を正確に確かめたいときには便利でしょう。読み方が遅すぎると感じる方は別の音源を使ってください。
- CNN 10:若者向けのサービスで、ビデオとスクリプトがあります。長さ10分のビデオが、毎日一本アップされます。
- NPR:ライブストリーミング、および収録されたニュースやトークショーなどのラジオ番組を聞くことができます。提供されている音源はたくさんあります。ニュースの例としては、「HOURLY NEWS」(4~5分程度のニュース)があります。また、「SHOWS & PODCASTS」というタブを選ぶと、さまざまな番組の収録された音源を選んで聞くことができます。「Morning Edition」や「All Things Considered」などが特におすすめです。当日の番組についてはスクリプトがありませんが、前日以前のものにはスクリプトがつけられます。「Previous Shows」という見出しをクリックすると過去番組が表示されます。
- TED:たくさんの講演の録画とスクリプトがあります。社会で話題になっているようなこと、あるいは、社会の話題を先取りするような内容のものが多いと思います。
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