この記事では、通訳技術を習得するための具体的な訓練方法としてのシャドーイング及び音読をご紹介します。
シャドーイング(シャドウイング)
シャドーイングとは
シャドーイング(“shadowing” or “speech shadowing”)とは、教材を使って、耳から入った音声を一拍遅れでそのまま声に出して復唱(追唱)することを指します。
聞こえてくる音声に、影(shadow)のようについていき、聞こえたとおりに、音声を再現しながら復唱する作業です。センテンスの強弱のリズム、イントネーション、ポーズの位置と長さなども含めて、すべてそのまま再現していきます。
目的・効果
私たちにとってシャドーイングする目的は、もちろんは通訳技術を向上させるためです。英語の学習方法としてシャドーイングをした経験がある人が多いと思いますが、通訳技術を向上のためには、英語のみならず、日本語でもやることをおすすめします。
シャドーイングの効果は、3つあります。
- 通訳にふさわしい明瞭な発音・イントネーションが身に付く
- 同時通訳に必要な「聞きながら話す」能力の養成につながる
- 短期記憶力の養成につながる
やり方
基本的なやり方は、テキスト(音声のスクリプト)は見ずに、音源を聞きながら、聞こえてくる音声と同じ内容を少し遅れて復唱(追唱)します。
音源の強弱のリズム、イントネーション、感情の込め方などを含む音声情報全体を聞き取って再現していきます。
音源を流しっぱなしでやりますので、まごついていると、ついていけなくなります。気を緩めずに、やらねばなりません。もちろん、「聞く・話す」という2つの作業を同時に行いますので、集中力が要求されます。
シャドーイングは、短時間(10分くらい)であっても、毎日やる方が(思い出したように時々やるよりも)大きな効果が期待できます。どのような語学の勉強でも同じことが言えると思います。
もし一拍遅れで復唱する作業に飽きてきたら、4~8秒遅れでやってみましょう。緊張感が増して、良い練習になります。それに加えて、このようなシャドーイングは通訳者にとって不可欠な記憶力増強にもつながります。
ふさわしい音源
シャドーイングをするときに、どんな音源を聞くのが賢明でしょうか。日本語でも英語でもまず、標準的な発音・イントネーションで明瞭にしゃべっているものが、当然適しています。正しい話し方の音源を聞いてシャドーイングするからこそ、そのようなしゃべり方が身につきますね。
ニュースは大抵の場合は原稿を読み上げているのですが、そういった読み上げ音声だけでなく、インタビューや解説番組などアドリブで話しているものもシャドーイングに使えます(ただし、砕け過ぎず、会議や講演会などの場にふさわしいような話し方をしているものを選びましょう)。考えてみますと、通訳をするときも基本的に読み上げ原稿は無くアドリブです(もちろん、自分の考えを話すのではなく、オリジナルの発話を別の言語で言い表すのですが)。ですから、インタビューや解説番組などで、複数の人がやり取りをしている音声をシャドーイングすることは、通訳にふさわしいしゃべり方や、表現・フレーズを学ぶのに適していると言えますね。
具体的に、どのような音源を使えばよいでしょうか。
まず、日本語の音源を、次に英語の音源を検討します。
日本語音源
日本語でシャドーイングをするための音源としては、上で触れたジャンヌのもので、ラジオ、テレビ、インターネットなどで提供されているニュースや解説番組などが便利でしょう。インターネットは自分に都合の良い時間に使いたい音源を使うことが出来るので特に有益ですね。私はNHKラジオニュースを特におすすめします。また音声メディアVoicyの中にある「ながら日経」などもいいですね。他にもニュースの読み上げサービスを提供しているメディアがあります(無料であるとは限りません)。検索してみてください。
もし文字でニュースを見て内容を確かめたいと思ったら、NHKのニュースについては、読み上げ原稿と同じ記事、あるいは読み上げ原稿に近い内容の記事がNHKのニュースサイトにあります。読み上げられているニュースの一部(単語やフレーズなど)をGoogleで検察すると、音声ニュースと同一の記事がヒットすることもあります。
母国語のシャドーイングは簡単すぎて退屈するかもしれませんが、これをする目的を念頭において実行してみましょう。
英語音源
英語でも、時事関連のものをインターネットで聞け(視聴でき)ますね。スマホでもパソコンでも大丈夫です。
まず、スマホですと、アプリを使うのが便利でしょう。グーグルで「audio news apps」を検索するとどんなアプリがあるのか分かってきます。ちなみに、「Best 10 Apps for Listening to the News」というサイトではたくさんのアプリに関する情報が提供されています。多くのラジオチャンネルを集めたアプリもありますね。
私のおすすめは次の通りです。
- NPR News:アメリカの非営利公共のラジオネットワーク
- CBS News:アメリカ最大のテレビ・ラジオ・ネットワークをもつ放送局で、ABC及びNBCと並ぶ3大ネットワークの1つ
- NBC News:アメリカのテレビ・ラジオ・ネットワークである NBC のニュース部門
- ABC News:アメリカン・ブロードキャスティング・カンパニー・ネットワークのニュース番組制作子会社で、ネットワークの所有者はウォルト・ディズニー・テレビジョン
- VOA News:アメリカ政府が運営する国営のマルチメディア放送
- BBC Sounds:イギリスの公共放送BBCが提供するアプリ
- Sky News:ロンドンに拠点を置く24時間ニュース専門チャンネル
また、Android では、Google Assistant というアプリがあり、手軽にニュースが聴けます(「Voice Match」機能で自分の声を登録しておく必要があります)。使い方は、画面がオンになっている状態で、最初に「Hey, Google」とスマホに向かって言って Google Assistant を起動させます。次に、「Play the latest news」や「Play the latest ABC News」、「Play the CNN News」などとスマホに向かって言うと、ニュースを聞かせてくれます。
iPhoneでは、同様のアシスタントアプリとして Siri が入っており、「Hey, Siri. Give me the news」とスマホに向かって言えば、ニュースを聞かせてくれます。もし、音声でなく文字でニュースを表示してきたら、「Play the news」などと言ってみましょう。それでもニュースを聞かせてくれないようでしたら、おそらく「Podcast App」というアプリがスマホに入っていないからですので、それをインストールすればいいですね。Siri がデフォルトで聞かせてくれるニュースは、NPRのニュースだと思います。他のチャンネルのニュースを聞きたければ、例えば、「Switch to CNN」「Switch to an audio update from CBS News」などと言えばいいですね。
Android でも iPhone でも、システムのバージョンによっては、スマホの言語設定が英語になっている必要があるかも知れません。ニュースが日本語でのみプレイされるようでしたら、これが原因でしょう。その場合はスマホの言語設定を英語に変更すればいいですね。(ただ、スマホの言語設定がすべて英語になりますので最初は少し戸惑うかもしれませんが、スマホを英語で使うことにもすぐに慣れます!)
次に、パソコンでシャドーイングする場合は、次のようなサイトをおすすめします(先程のリストと重複する名前がほとんどです)。
また、スマホにせよパソコンにせよ、「podcasts」という単語をキーワードとして検索をして検索をすると音源がたくさん見つかります。例えば、「cbs podcats」「cnn podcats」「nbc podcats」などと検索してみてください。
YouTubeでも視聴できるものもあります。検索してみましょう。
音読
シャドーイングを一定程度実行して明瞭で標準的なしゃべり方が身についてきたら、音読も有効な通訳訓練方法です。日本語の音読は、小学校の国語でやって以来一度もしたことが無いという人が多いかと思います。しかし、通訳技術を身に着けるためのトレーニングとしても、正しく実行すれば大いに有効です。
音読のやり方
通訳訓練としての音読のやり方は、ポイントが3つあります。
(1)まず、当然のことながら、通訳にふさわしい標準的なしゃべり方が分かっていることが前提です。癖のあるしゃべり方のままで音読をしても逆効果ですね。通訳者にふさわしい話し方が身についていないと感じたら、すでにご紹介したように、正しく話されている日本語を聞いてシャドーイングをすることで通訳にふさわしいしゃべり方が分かってきます。
(2)次の点は、語りかける口調で音読するということです。通訳は、聞く人がいるから成り立つ作業であり、聞かせてなんぼのものです。クライアントにとって聞きやすくて内容が頭に入ってきやすいしゃべり方を身に付けるのが音読の目的です。日本語でも英語でも、スピーチ風にやりましょう。
日本語は、「です・ます調」で音読します。NHKオンラインのニュースや解説の記事は「です・ます調」で書いてありますので、そのまま音読すればよいですね。その他のウエブサイトは、ほとんどが「だ・である調」ですが、それらも有効利用が可能です。通訳訓練のための音読をするときは、「だ・である調」の音読材料は、「です・ます調」に自分の頭の中で変換しながら読み上げます。こういった音読は、実は通訳訓練に大変有効です。なぜなら、実際に通訳するときは、当然のことながら、口に出して話す内容を頭の中で常に整理し、訳して、言い方を考えながら、かつ、しゃべるという作業をします。ですから、「だ・である調」を「です・ます調」に変換しながら読み上げるのは、通訳という作業の一部に似ており、良いトレーニングになるわけですね。
「です・ます調」と「だ・である調」に関して、1つ考えたいことは、通訳しているオリジナルの発話の中で、発話者が別の人の発言を引用している場合どちらの文末スタイルを使うべきかということです。検討材料として、例えばNHKのニュース(2017年11月3日付け)に含まれている下の文を見ますと、両方のスタイルが用いられています。
安倍総理大臣は記者会見で「これからも『経済最優先』であり、改革、改革、そして改革あるのみだ」と述べました。
これは1文のみですが、既にふれましたように、NHKのニュース記事は基本的には「です・ます調」です。しかし引用部分は「だ・である調」である場合がほとんどです(例外もあります)。これは、ニュースを聞いている人が、どこからどこまでが引用部分なのかを分かりやすくするためだと思われます。通訳においても、同様に、通訳を聞くクライアントが、引用部分とそれ以外の部分を聞き分けやすいように、引用部分だけは「だ・である調」で訳すのが、たいていの場合は賢明だと思います。ですから音読も、基本的にはそのようにしましょう。
(3)3つ目は、しっかりと書かれているものを音読するということです。つまり、信頼のおける日本語あるいは英語で書かれているニュース、解説、社説などがふさわしいですね。また、社説などのように意見を述べているものは、語りかける口調を身に付けるという観点から言うと、非常に有効だろうと思います。
音読に使える材料
では、どのような文章を通訳訓練としての音読に使うべきなのでしょうか。
まず日本語、そして次に英語での音読材料を考えましょう。
日本語の音読材料
例えば、NHKや、東洋経済、時事通信、共同通信(共同通信の携帯専用サービスはこちら)、日経、毎日、朝日、読売などのサイトなどは、しっかりとした日本語で書かれており、活用できると思います。
また、海外メディアの日本語版も有益です。例えば、ロイターやブルームバーグなどが特におすすめです。両サイトとも経済関連のニュースが多いので、普段からそういった分野になじんでいないと最初は読みにくいかと思いますが、通訳を目指すのであれば経済やビジネスといった分野に明るい方が望ましいので、そういう意味でも有益なサイトです。なお、ブルームバーグでは、日本語版ニュースの英語オリジナル記事を参考のために見たいときに探すことが可能な場合もありますので、便利です。
英語の音読材料
おすすめサイトは(シャドーイングの材料とも一部重複しますが)、NPR、CNN、CBS News、ABC News、NBC News、 Reuters、AP News、Google News Worldなどです。社説や意見・解説記事を探す場合は、例えば、「Reuters editorials」や「CNN opinions」、「CBS opinions」のような文言で検索してみてください。
自分の録音を聞く
最後に、自分では全く気付いていないしゃべり方の癖があるかもしれません。日本語でも英語でも、一度だけでもいいですので、自分の音読を録音して聞くことをおすすめします。
余談ですが、私は英日通訳をするときは標準日本語を心がけているつもりでしたが、20年ほど前にショックなことがありました。あるイギリス人の同時通訳付き講演会で質疑応答部分を担当した後で自分の通訳を聞く機会があり、文末の最後の母音が不自然に伸びると共にやや上がり調子になっていることが分かりました。「~ですねぇー」の様な感じです。以後気を付けるようにしています。
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★ 以上が、通訳訓練法の2つ目、シャドーイングと音読です。次の訓練法は、リプロダクションです。こちら ⇩ をご覧ください。
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★ 通訳に関心がある人にとって読む価値のある本を、こちらで ⇩ 紹介しています。